パワハラ防止法(改正労働施策総合推進法)は、2020年6月の施行以来、中小企業にとっては努力義務であった対策が2022年4月から義務化されました。一口にパワハラと言っても捉え方は人それぞれで、従業員の訴えるパワハラの全てが同法が定義するパワハラとは限りません。ここでは、パワハラの定義と事業主に義務化された対策について解説します。
パワハラ防止法が求める中小企業の対策義務
目次
パワハラ防止法とは
パワハラ防止法の目的
「パワハラ防止法」と紹介されることが多いですが、実際にはそのような名前の法律はありません。上述の改正労働施策総合推進法のことを「パワハラ防止法」と呼んでいるのです。
パワハラの実態については、平成24年(2012年)から4年おきに厚生労働省が調査を実施しています(職場のハラスメントに関する実態調査について)。従業員向けの調査では、過去3年にパワハラを受けた経験があると回答した人の割合が25.3%(平成24年)→32.5%(平成28年)と推移しています。パワハラによる職場環境の悪化、パワハラを受けた従業員の心身の不調、さらにはパワハラが原因で自死する人が相次ぐなど、パワハラが社会問題として捉えられるようになり、令和元年にパワハラ対策を義務付け等した法律として改正されるに至ったのです。
ちなみに、令和2年(2020年)の調査では、過去3年にパワハラを受けた経験があると回答した人の割合が31.4%となり、最新の令和5年(2023年)調査では、過去3年にパワハラを受けた経験があると回答した人の割合が19.3%となっており、各企業が法改正に合わせてパワハラ対策を行ってきたことがうかがえます。
改正のポイント
労働施策総合推進法の改正のポイントは、大きく2つです。1つ目はパワハラの定義を法律上で明確にしたこと、2つ目は企業にパワハラ対策を義務付けたことです。
それぞれについて、以下で詳しく説明します。
そもそもパワハラとは?
「職場」の範囲
まず、「職場」の範囲ですが、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、「職場」に含まれると考えられています。
例えば、出張先や移動中の車内、顧客との打ち合わせの場所などは「職場」に含まれます。仕事が終わった後の飲み会の場などについては、職務との関連性、参加者、参加が強制的だったかどうかなどを判断材料とし、実質的に職務の延長と考えられるかどうかで判断します。
「労働者」の範囲
次に、「労働者」の範囲ですが、いわゆる正規雇用の従業員だけでなく、パート・アルバイト・契約社員といった非正規雇用の従業員も含まれます。また、管理職も「労働者」に含まれます。
派遣労働者については、派遣元の「労働者」であることは当然ですが、労働者派遣法47条の4により、派遣先の事業主も派遣労働者がパワハラを受けることがないように対策を講じる必要があるとされています。
「優越的な関係」とは
「優越的な関係」とはどのような関係を指すのでしょうか。
厚生労働省の「職場におけるハラスメント関係指針」では、「当該事業主の業務を遂行するに当たって、当該言動を受ける労働者が当該言動の行為者とされる者に対して抵抗又は拒絶することができない蓋然性が高い関係を背景として行われるものを指す」とされています。
典型的なのは、職務上の地位が上位の者(上司)ですが、同僚や部下であっても、その人が業務上必要な知識や豊富な経験を持っているため、その人の協力が得られなければ業務を円滑に進めることができない場合や、集団による行為でこれに抵抗または拒絶することが困難な場合も「優越的な関係」にあるとされます。
「業務上必要かつ相当な範囲」とは
「業務上必要かつ相当な範囲」とは、言動が業務上の必要性があり、かつ態様として相当であることをいいます。業務を行ううえで必要な指示等については、その言い方などが適切なものである限り、パワハラに該当しないと言えるでしょう。
逆に
- 業務上明らかに必要性のない言動
- 業務の目的を明らかに逸脱した言動
- 業務を遂行するための手段として不適当な言動
- 当該行為の回数、行為者の数等、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動
などは、「業務上必要かつ相当な範囲」を超えたものと考えられます。
暴力、プライベートに関する事項について言及する行為は1に該当するでしょうし、長時間にわたる厳しい叱責は3に該当するといえます。
この要件に当てはまるかどうか判断の際に考慮すべき事項としては、以下のようなものが挙げられます。
- 言動の目的
- 言動が行われた経緯や状況
- 業種・業態
- 業務の内容・性質
- 言動の態様・頻度・継続性
- 言動を受けた労働者の属性や心身の状況
- 行為者との関係
- 言動を受けた労働者の問題行動の有無、内容・程度
「就業環境が害される」とは
最後の「就業環境が害される」とは、当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を被り、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じることを指すとされています。
この判断に当たっては、「平均的な労働者の感じ方」を基準とすべきとされています。
何がパワハラとされるのか
では、こうした各要件の解釈等を前提に、具体的に以下の事例に当てはめて考えてみましょう。
皆さんも考えてみて下さい。
-
- 家族の介護を理由に休暇届を出した部下に対し、家族の状況についてヒアリングをした
- 部下に業務指示をしたところ、反発した部下に胸倉をつかまれた
- 管理職を退職させるために書類の整理のような誰でもできる仕事をさせた
- 職場内で複数の同僚から無視された
家族の介護を理由に休暇届を出した部下に対し、家族の状況についてヒアリングをした
プライベートなことに過度に立ち入る場合は別段、家族の介護を理由に休暇届を出した部下に対して、家族の状況をヒアリングすることは、その労働者の負担軽減等の配慮を行ううえで「業務上必要かつ相当な範囲」であるといえるでしょう。ただ、ヒアリングの仕方や聞き取った情報をどこまで共有するかによっては、パワハラと判断される可能性もあるため、注意が必要です。
部下に業務指示をしたところ、反発した部下に胸倉をつかまれた
部下が「優越的な関係」を背景としている特別な事情がない限り、パワハラとはいえないでしょう。ただ、パワハラに該当しなかったとしても、加害者である部下や会社が被害者に対する責任を問われる可能性はあります。
管理職を退職させるために書類の整理のような誰でもできる仕事をさせた
合理的な理由がないのに、能力や経験に見合わない程度の低い業務を命じたり、仕事をさせない行為も「業務上必要かつ相当な範囲」を超えるものとして、パワハラとなる可能性があります(過小な要求)。
この事例では、退職させるという不当な目的で程度の低い業務を命じていることから、その業務指示に合理的な理由はないと考えられます。「業務上必要かつ相当な範囲を超える」言動として、パワハラに該当する可能性が高いと言えるでしょう。
職場内で複数の同僚から無視された
同僚による行為であっても、集団による行為でこれに抵抗または拒絶することが困難な場合には、「優越的な関係」を背景としていると評価される場合があります。意図的に無視して職場で孤立させる行為は、「業務上必要かつ相当」な行為とはいえません。このような人間関係からの切り離しもパワハラに該当する余地はあります。
事業者の講ずべき措置
必ず講じなければならない措置
労働施策総合推進法30条の2では、パワハラ防止のために事業主は雇用管理上必要な措置を講じなければならないとされています。職場におけるハラスメント関係指針では、4つの講ずべき措置として、事業主に以下の対応を求めています。
事業主の方針等の明確化および周知・啓発
講ずべき措置の1つ目として、職場におけるパワハラに関する方針の明確化、労働者に対するその方針の周知・啓発を求めています。
具体的には、就業規則などでパワハラ禁止を明示したり、社内報、パンフレット、研修等を通じて労働者に対して周知・啓発すること、パワハラを行った者に対して懲戒する旨を就業規則等に規定したうえで、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること等が求められています。
相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
講ずべき措置の2つ目として、労働者からの相談に応じ、内容や状況に応じて適切かつ柔軟に対応するために必要な体制の整備を求めています。
相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
例えば相談窓口について社内規程を作成したうえで、社内掲示等で周知することなどが考えられます。相談窓口は外部の機関(法律事務所など)でも構いません。
形式的なものではなく、窓口担当者がスムーズに対応できるように備え、職場環境の困りごと・悩みごとについて気軽に相談できるようにする等、適切な対応が望まれます。
相談後の迅速かつ適切な対応
講ずべき措置の3つ目として、相談があったときは事実関係の迅速かつ正確な確認と適正な対処を求めています。
事実関係の迅速かつ正確な確認
相談者とパワハラを行ったとされる者(行為者)の双方から事実確認を行うとともに、主張に食い違いがある場合などには第三者からも聞き取りを行い、事実関係を明確にします。ただ、相談者は心身にダメージを受けていることもあるため、相談者と行為者は別々に事情を聴くなど、配慮する必要があります。
被害者に対する配慮のための措置を行う
被害者と行為者を引き離すための配置転換、行為者の謝罪、被害者が受けた被害の回復等、必要な措置を講じます。
例えば、就業規則等に基づく懲戒、被害者と行為者を引き離すための配置転換、被害者に対する謝罪の促し等です。
再発防止のための措置を行う
パワハラの禁止、パワハラを行った者に対して厳正に対処する等方針を再度徹底したり、パワハラに関する意識を啓もうするための研修等を実施するなど、再発防止のための措置を講じます。この措置は、結果としてパワハラが認められなかった場合でも行うべきとされています。
プライバシーの保護、不利益な取り扱いの禁止
講ずべき措置の4つ目として、相談者・行為者等のプライバシー保護と、相談により不利益な扱いを受けないことの周知を求めています。
相談者・行為者等のプライバシー保護
パワハラに関する相談に対応する過程で得られた情報の中には、相談者や行為者のプライバシーに関する情報が含まれます。これらの情報を相談窓口の担当者などが他の人に漏らしてしまうと、相談者は安心して相談できないばかりか、さらに肉体的・精神的な苦痛が拡大することになりかねません。
そこで、プライバシーの保護のために相談窓口の担当者のためのマニュアルの作成や研修を行うことや、相談窓口ではプライバシーがきちんと保護されていることを社内に周知することを求めています。
不利益な取り扱いの禁止
パワハラの相談をすることや、パワハラの調査に協力することで、会社から解雇や左遷といった不利益な取り扱いを受けることになっては、窓口を利用したり、調査に協力する人がいなくなってしまいます。
そこで、このような不利益な取り扱いをしないことを社内規程で明記するとともに、労働者に対して周知することを求めています。
パワハラ防止のために行うことが望ましい取組
これまでに紹介してきた4つの措置に加え、指針では、パワハラ防止のために行うことが望ましい取組として、3つの取組を推奨しています。
一元的な相談窓口の設置
職場におけるハラスメントは、パワハラだけではありません。セクハラやマタハラも他の法律で対応が義務付けられていますが、それぞれの窓口が別々だと相談者にとっては利用しにくいでしょうし、それぞれのハラスメントが複合的に発生することも少なくありません。そこで、職場におけるハラスメントの窓口を一元化し、パワハラだけでなく、セクハラ等についても相談できるようにすることが望ましいとされています。
パワハラの原因や背景となる要因の解消のための取り組み
パワハラが発生する背景には、従業員間のコミュニケーション不足や過度な業務目標の設定があるケースが多いとされています。
そこで、日常的なコミュニケーションを心掛けることに加え、コミュニケーションスキルに関する研修を実施するなどして、円滑なコミュニケーションが図れるようにすることや、適正な業務目標の設定、業務の効率化を通じて、職場環境や企業風土の改善を図ることが望ましいとされています。
パワハラ防止の取り組みに労働者を参加させる
パワハラの防止は、企業の義務であるだけでなく、労働者の責務でもあります(労働施策総合推進法30条の3第4項)。現実問題としても、企業がパワハラ防止の旗を振っても、労働者が協力しなけばパワハラを防止することはできません。
労働者に対するアンケート調査や意見交換会を通じて、パワハラ防止措置の運用状況をチェックし、必要な見直しを図っていくことが望ましいとされています。
中小企業におけるパワハラ防止措置のメリット
今回はパワハラ防止措置が2022年4月から中小企業にも義務付けられたことに関して、中小企業がどのような対応をすべきか等について説明しました。
パワハラ防止措置が義務付けられたことによって、社内規程の修正や相談窓口の設置など、中小企業の負担も小さくありません。しかし、パワハラが発生するような職場環境では、従業員は安心して仕事に取り組むことができません。短期離職が相次いだり、心身の不調で休職する人が増えたりすれば、事業に影響するだけでなく、企業イメージの悪化にもつながりかねません。
パワハラの防止に積極的に取り組むことは、パワハラの背景にある従業員間のコミュニケーション不足の解消や無理な目標の押し付けを防ぐことにつながります。働きやすい職場を作ることで、人材確保や生産性の向上も期待できるでしょう。
採用に苦戦することが多い中小企業こそ、前向きに取り組むことをお勧めします。どのような対策をすればよいか分からない、この対策で合っているのだろうか、実際にパワハラ案件が発生したけどどう対応したらいいのとお困りの企業様は、いつでも弁護士のアドバイスを受けられる顧問契約をご検討ください。
執筆者
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顧問弁護士とは、顧問契約を締結した期間にわたって継続的に企業様の業務に対して法律上の助言を行う弁護士です。企業の法務部のアウトソーシングだとお考えいただくと、わかりやすいかもしれません。
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