2022年4月1日から中小企業でも義務化された職場におけるハラスメント対策について、厚生労働省の「パワーハラスメント防止のための指針」では、「事業主が労働者からの相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」として、「相談窓口をあらかじめ定め、その存在を労働者に周知する」ことを求めています。ここでは、その相談窓口の設置の流れと相談窓口が果たすべき役割について解説します。
パワハラ防止法が求める相談窓口とは~窓口設置の流れと窓口での対応
目次
相談窓口を設置する前にしておきたいこと
トップのメッセージの公開
まず、会社のトップ(代表取締役)のメッセージとして、パワハラを許さないという方針を明確にし、従業員に対して公開します。
事業主の方針等の明確化および周知・啓発は、パワハラ防止法で事業者が講じなければならない措置のひとつでもありますが、会社としてパワハラが人格や尊厳を傷つける重要な問題であり、決して許されないということを明らかにすることで、パワハラを抑止し、今後の取り組みに対しても従業員の協力が得られやすくなります。
メッセージには以下のような要素を含めるとよいでしょう。
- パワハラは人格・尊厳を傷つける重要な問題である
- パワハラ行為は許さない
- パワハラ行為は見過ごさない
- パワハラ行為をしない
- 会社としてパワハラ対策に取り組む
- 従業員の意識向上を求める
- パワハラがあったら相談を
パワハラに限らず、セクハラ等を含めたハラスメント行為全般を許さないというメッセージにしてもよいでしょう。一度きりではなく、社会情勢の変化に応じて定期的に内容を見直し、継続的にメッセージを発信し続けることも大切です。
メッセージの例
ハラスメント行為は人権にかかわる問題であり、従業員の人格・尊厳を傷つけるばかりか、職場環境の悪化を招く問題です。当社は、ハラスメント行為は断じて許さず、すべての従業員が互いに尊重し合える、安全で快適な職場環境づくりに取り組んでいきます。
当社は、ハラスメント行為の解決のために相談窓口を設け、迅速で的確な解決を目指します。相談者や、事実関係の確認に協力した方に対し、不利益な取扱いは行いません。また、プライバシーを守って対応します。
○○年○月○日
株式会社○○ 代表取締役社長 □□□□
ルールを決めて周知する
会社としての方針を明確にしたら、次に行うのは、社内ルールを定めることです。具体的には、どのような行為がパワハラに該当するのかを明確にしたうえで、パワハラ行為を禁止し、違反した従業員に対する処分を定めます。
処分を実効的なものにするためには、就業規則でルールを明確化することが必要です。就業規則を変更する場合は、労働者代表からの意見聴取、労働基準監督署への届出、社内への周知など法令で手続が定められていますので、忘れずに実施しましょう。
相談窓口設置の準備
担当者を決める
相談窓口の担当者は、パワハラ対応の重要な役割を担います。①ハラスメントや人権問題に対して十分な理解を持っている、②中立的な立場で相談を受け、解決に取り組むことができる、といった条件を満たす従業員の中から選ぶようにします。また、相談のしやすさを考えて、年代や性別が異なる複数の担当者を設置できることが望ましいといえますが、規模が小さな会社では難しいことも多いでしょう。そのような場合は、社外の相談窓口の活用も含めて検討するとよいでしょう。
担当者の研修をおこなう
社内で相談窓口を設置する場合、担当者を決めたら、担当者に対する研修を行うことが理想的です。内容としては、①どのような行為がハラスメントに該当するのかに加え、②相談窓口担当者としての心構えについて研修を行うとよいでしょう。
①については、パワハラ防止法で定めるパワハラの定義に加え、ハラスメントに該当する事例、該当しない事例を具体的に説明したほうが担当者の理解が深まるでしょう。
②については、守秘義務の徹底、担当者の判断を加えず、相談者の話をゆっくり時間をかけて聞くこと(傾聴)を中心に説明するとよいでしょう。
相談マニュアルをつくる
研修で担当者に知識や心構えを身に付けてもらっても、実際の相談の場では経験者でも戸惑うことが多いです。マニュアルを用意しておくことで担当者が安心して相談に臨むことができるとともに、担当者間の対応のばらつきを防ぐことができます。
マニュアルには相談開始から終了までの流れに沿って、担当者が話すべき内容、聞くべき内容をまとめます。
下記の「相談窓口での対応」の欄に記載している事項を参考に、作成下さい。
相談環境を整える
対面での相談の場合は、周りの人に相談内容が漏れないような場所を選ぶようにします。
相談方法は対面に限らず、電話や手紙(投書)、電子メール等でも受け付けられるような体制にするとよいでしょう。
匿名でも相談を受け付けることで、「相談することで自分の立場が悪くなってしまうのではないか」という相談者の不安を解消し、安心して相談できる効果が期待できます。
問題が長期化するほど解決に時間がかかるため、ちょっとしたトラブルであっても気軽に相談してもらえるようにアピールしていきましょう。
窓口の設置を従業員に周知する
相談窓口の準備が整ったら、窓口の設置を従業員に周知します。トップからのメッセージ、ポスターや社内システムへの掲示のほか、従業員心得(クレド)のような常に持ち歩いているものがあるのであれば、その中に相談窓口の連絡先を加えるのもよいでしょう。
定期的に相談窓口の認知状況についてアンケートを取り(アンケート自体が相談窓口のアピールにもなります)、認知度が低い部門に重点的に周知できれば、理想的です。
相談窓口での対応
相談を受ける
相談者にとっては、相談窓口に来ること自体ハードルが高いことを理解し、相談者の話を聞くことに注力しましょう。窓口担当者としては早く話の核心について聞きたいと思ってしまいがちですが、相談者は話を聞いてもらうことで気持ちの整理をしている側面もあります。話をせかさず、また勝手な判断を加えることなく、時間をかけて聞くことを心掛けてください。
ただし、1回の相談時間は30分から1時間程度を目安とし、相談が1回で終わらないときは次の日程を設定していったん切り上げるようにします。長時間の相談は相談者・窓口担当者双方にとって大きな負担になりますし、クールダウンの時間を挟むことで相談の効果を高めることができます。あらかじめ1回の相談時間を伝えてから相談を開始するとよいでしょう。
相談者には、相談者のプライバシーを守ること、相談によって社内で不利益な取扱いを受けないことをまず説明しましょう。相談者の不安を和らげ、相談しやすい対応を心がけます。また、事実の確認や問題の解決は相談者が希望しない限り行わないことも伝えます。相談担当者としてはパワハラを一刻でも早くやめさせたいという思いが先だってしまいますが、相談者本人がそれを望まない(話を聞いてほしいだけ)というケースもあるため、勝手な判断は避けるようにします。
あくまで、相談者が主張する事実を正確に把握することが目的ですので、中立的な立場で話を聞き、自分の価値観や思い込みで判断することは厳禁です。相談者の気持ちを慮って、言葉や態度で傷つけないように配慮しましょう。
相談を受ける際に避けるべき言葉
- 「相談者にも落ち度があったのではないか」と相談者を責める
- 「この事案はパワハラにあたる/パワハラにあたらない」と断定する
- 「考えすぎではないか」「大した問題ではない」「気にするな」「無視しろ」と行為を過小評価する
- 「(パワハラの)行為者にも理由があったのではないか」と行為者を肯定する
- 「やられたらやり返せばよい」と報復をそそのかす
- 「行為者と2人で腹を割って話をしたらよい」と直接・対面での解決を提案する
記録を取る
相談を受けたら、その内容を記録します。あらかじめ相談票(ヒアリングシート)を用意しておくとまとめやすいです。
相談者が証拠(手帳や業務記録、電子メールなど)を持参したときは、コピーし保存します。
相談票の項目例
- いつ(具体的な日時)/頻度や期間
- 誰から
- どのような(場所、状況、具体的な言動など)
- 他の同席者や目撃者の有無
- 他にも同様の被害を受けている者はいるか
- このような行為に至ったものとして想定される理由(背景)
相談後の対応に対する希望を聞く
相談を終える際には、今後、どのように対応してほしいかの希望を聞くようにします。事実確認や問題解決(懲戒処分や部署の移動等)を希望するかどうか、対応が進展するごとに相談者に確認するようにしましょう。
なお、少なくとも最初の相談時点で、窓口の担当者がパワハラの有無を判断し、自身の見解を相談者に伝えるようなことは控えるべきです。
社外相談窓口の例
企業が社外に設置する窓口
自社だけで相談窓口の対応が難しいときは、社外に窓口を設置することも検討しましょう。委託先によって特徴が異なるので、上手に活用しましょう。
社外窓口を設置する場合は、相談を受け付けた後の報告内容や相談後の対応について取り決めておき、社内の担当者と連携が取れるようにしておきます。
弁護士・社会保険労務士
弁護士や社会保険労務士は労働関連の法令や事例(裁判例)に詳しいため、相談後の事実確認や問題解決を見越した対応ができるという強みがあります。
顧問を依頼している弁護士・社会保険労務士に窓口を依頼するのも一案です。ただしこの場合、相談者が窓口の中立性に疑問を感じたり、会社と相談者の利益が対立するに至ったときには利益相反の観点から双方とも顧問先への相談を継続できなくなったりします。
ハラスメント対策のコンサルティング会社等
ハラスメント~制度設計や教育・研修の実施を謳っているところが多いようです。研修等々の質がコンサルティング会社によって様々であろうことは留意すべきでしょうが、窓口設置のほか、こうした制度設計や研修等についても外部の力を借りたいような場合は、選択肢の一つになり得ると思います。
相談窓口の代行を専門に行っている会社
相談窓口の代行を専門に行っている会社は、窓口担当者にカウンセラーなどの専門家を配置したり、多言語の相談に対応できるなど、相談の受付に強みがあります。
その他、利用可能な窓口
国などが運営する相談窓口があります。様々な事情で会社の窓口には相談できない、相談したくない従業員のために、研修時などに案内しておくとよいでしょう。
相談後の対応
調査の実施
証拠の精査
相談時の相談票(ヒアリングシート)のほか、相談者から提出された音声・動画データや電子メールなどを改めて確認し、「誰から、いつ、どこで、どのような行為を受けたか、行為時に目撃者がいたか」といった事項について検証していきます。相談者が医師の診察を受けているときは、診察記録や診断書を提出してもらうようにします。
行為者や第三者へのヒアリング
続いて行為者に対してヒアリングを行います。最初から犯人扱いせず、中立の立場で冷静に話を聞くことが大切です。話を聞いた結果、相談者の認識に誤解があった場合であっても、相談者が会社に居づらくなったり、報復を受けることがないよう、配慮することも大切です。
第三者への聞き取りも必要と考えられるような場合、行為者より先に第三者へのヒアリングを行うことが適切な場合もあるので、ケースバイケースで判断しましょう。
第三者にヒアリングを行う場合は、当該問題が外部に漏れやすくなるため、第三者にも守秘義務について十分に理解してもらうべきです。
対応案の検討
パワハラに該当するかどうかの判断
調査結果を踏まえ、パワハラの定義(詳しくは前回のコラムの「そもそもパワハラとは?」をご覧ください)に照らして、パワハラに該当するかどうかの判断を行います。
判断に迷ったときは、顧問の弁護士・社会保険労務士、弁護士会の法律相談、都道府県労働局の総合労働相談コーナーに相談することも検討しましょう。
最終的にパワハラには該当しないとの判断に至った場合でも、このままで放置すると事態が悪化する可能性があり、何らかの対応が必要との判断をするケースもあると思います。
会社は裁判所ではありません。シロかクロかではなく、従業員が安心して業務に取り組める環境を作ることが最も重要です。パワハラに該当しないと判断されたケースであっても、職場環境の改善のためにできることを行うという姿勢が大切です。
処分等の検討
パワハラに該当すると判断した場合、行為者への処分等を検討します。就業規則やパワハラの裁判例に照らして、適切な対応を行います。
懲戒処分を行う場合、会社が行為者から訴訟を提起される恐れもあります。処分の内容が適切であるかどうか等について、早めに弁護士や社会保険労務士に相談するとよいでしょう。
相談者・行為者への措置
会社としての判断を行ったら、その内容を相談者・行為者に説明し理解を得るようにしましょう。その際には、以下の内容を伝えるようにします。
- 事実関係についての調査結果
- パワハラに該当するかどうかの判断とその理由
- 今後の対応
相談者・行為者の経過観察
パワハラか否かの判断を行い、必要な措置を行えばパワハラ対応は終わりというわけではありません。
行為者に対しては、同じことを繰り返すことがないように上長が継続的に目を配り、適切なアドバイスをしたり、定期的に面談を行うようにします。他者とのコミュニケーションの取り方や感情のコントロール方法を学んでもらうのもよいでしょう。
相談者は措置後も報復やパワハラの再発を心配しています。行為者と直接顔を合わせることがないように体制変更を行うことや、定期的な面談でフォローアップしていくこと等を検討するようにしましょう。
まとめ
今回は、パワハラ相談窓口の設置準備から運用までについて説明しました。ただ窓口を作るだけではなく、窓口をしっかりと周知し、従業員が安心して相談できると感じられる環境づくりが非常に重要であることがおわかりいただけたのではないでしょうか。
また、相談窓口の運用・事後対応にあたっては、正確な知識と慎重な判断が求められます。不安に感じたときは弁護士への相談も検討してみましょう。
執筆者
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